■ ヴィンテージMX
長期滞留車集中業務、去年12月から第5弾になります。
今回はワンオフではなく10台ロットの生産になりますので、終了まで当分の間新規ご注文はお引き受けできません。
何故10台かと想像するに、35年前に生産されたCR250(機種コード430)がビンテージMXとしては世界中で最も保有台数が多いらしく、当然純正パーツは絶販で
チャンバーなどという薄板の板金部品は相当腐食して実用に耐えない状態のものが多いと推測します。そこで絶販のチャンバーが新品購入できるとなると、喜ぶビンテージマニアも少なからずおられるのではないかということで複製に挑みました。
販売は全面的にホーリーさんになりますので、個人的に頼まれてもお作りすることはできません。
それはこの商品を企画し、原車提供していただいておりますので、その轍を踏まない方の依頼は430に限らず不可能であることを申しあげておきます。
パイプのレイアウトが一部出来上がってきました。
あと一日くらいで全体が見えてくると思います。
えー、上の状態は昨日昼ころで、次の画像は今日の午前中、歯医者へ行ってから昼前の状態です。
パイプは一通り繋がりましたね。
サイドカバー付けて、構成部品の隙間等チェックして、マウントブラケットやスプリングフックを付ければ完成です。
ワンオフではないので複数作ったときの同一性を検証しなければなりませんが、このあと数個作ってみて比較してチェック項目を決めていきます。
パイプの成形も基本的にハンドワークなので、均一なパイプを作るのは職人の手加減にかかっているところが、一般的な工業製品と違うところです。
従って外国に出回って模倣されようとしても、同じ努力をしなければ出来ないはずなので、作ることのしんどさに耐えられる人間でなければ無理でしょう。
サイドカバー付けてみて焦りました。
隙間ギリギリなんです。
図ったわけではないですが運がいいだけですね。
ノーマルも同じような隙間だったのでパイプ作りの精度が間違っていなかったといえるでしょう。
5個くらい作って形状が安定していることを確認してから、取り付け治具を作成して車体なしで受注生産できる体制にする予定です。
元英国皇太子妃ダイアナさん2回目の来日のときでした。90年11月(29才)
当日の朝まで訪問されるVIPの名前は極秘扱いでしたが、自動車の製造現場に王室の方が来られることは非常に異例だと思います。
これも、英国人が自動車の文化に親しみがあり、モータースポーツにも理解が深いことを表している証拠です。皇太子妃をお迎えするために、ホンダエンジン搭載した英国コンストラクター、マクラーレンのレースカーと出来上がったばかりの新型車NSXを、工場の中庭に展示していました。
これほど貴賓に満ちた女性を見たことがありません。
これから油まみれの機械と部品がひしめいた製造ラインへ視察に入られたのですが、自動車の華やかな部分だけではなく組み立ての過程に興味をもたれたところに、好奇心旺盛なダイアナさんらしさを垣間見ることができます。
これは貿易とか商売の目的ではなく、彼女個人の遊び心と日英友好の標であったと思います。
こんな自動車好きの国民性ですから国内のいたるところにサーッキットがあり、オフロードコースやダートトラックならどこの町にもあるくらいモータースポーツも浸透しています。戦時中の首相チャーチルさんの住居、ブレナム宮殿の敷地内でWRCラリーを開催したとか、アイルランドのマン島では島中の公道を封鎖してTTレースを開催しても何の問題もない国ですから、モトクロスのネイションズを開催するのに、国有か個人所有かわかりませんがお城の敷地を解放して、世界中の元トップライダーを集めてベテランズ版ネイションズも開催しています。
ジェフ・スタントンを追うジェームズ・ダブの迫力あるシーンが7:00あたりで見られます。モトクロス通の人なら他にもお気に入りライダーが見つかるでしょう。
ここのすごいところは、80年90年代のビンテージマシンが当時のようなワークス体制で参戦しているところで、デビッド・ソープやジェフ・スタントンなど英米のチャンピオンライダーの走りもすごいですが、マシンのコンディションも万全体制で車両みるだけでも楽しめそうです。確かこのコースは80年代にWGPで使った場所ですね。エリック・ゲボスが500ccで走っていたころビデオ鑑賞した覚えがあります。
'>動画の最後の部分にあるダニーMAGOOチャンドラーのメモリアルを見て改めて感動しました。
82年ドイツで250cc、83年スイスで500ccに乗って、全てのヒートで1位という、ネイションズ史上パーフェクトモトフィニッシュを決めた唯一人のライダーということで表彰されています。
チャンドラーさんは去年亡くなられましたが、私には忘れない記憶があります。狭山工場に配属されて最初に栃木のテストコースへ出張したときに宇都宮駅前に会社のバスが向かえに来るのですが、バス停で待っていたチャンドラーとジョニー・オーと一緒にバスに乗っていったことです。こんな世界で一流のライダーの隣に座っていくなどという、他愛無いできごとですが運命を感じます。
スズキRMの前のモデルはTMという名称でした。昭和38年生まれの私でさえ乗ったことがありません。
エンジンや車体はほぼハスラー250ではないかと思います。ハスラー90は持ってましたけど、何処へやってしまったかさえ覚えていない遠い昔のことになってしまいました。
さて今回の製作依頼はTM250のチャンバーです。下に置かれた純正品が老朽化のため新作することになりました。
当時のレーサーはサイレンサーもありませんが、テールパイプにスプリングフックは付いているので
オプションでサイレンサーを装着できたのでしょう。
潰れたノーマルチャンバーを元に採寸して製作したニューチャンバー。
口元フランジも絶版ということで、新作し、ニューチャンバーとセットになります。
採寸した諸元はこのようにガバリを作成して鉄板に罫書いて製作します。
レストア中のこのマシン、クランクケースもOH中なので内部が確認できますが
これはプライマリーキックではないことが分ります。
最近のオートバイは全てプライマリーが当たり前になっていて、ギヤが入っていてもクラッチを切ってエンジン始動ができる構造になっています。
それはキックギヤとクラッチアウターのギヤの間にプライマリーギヤが存在してメインシャフトの連結をクラッチで解除しながらクランクギヤを回せることで、ギヤが入っていても始動できるわけです。
しかしTMにはプライマリーギヤの軸穴が存在しないことが右ケースを見れば分ります。
キックギヤとカウンターシャフトのギヤが直結の構造です。
即ち、ギヤをニュートラルにしてからキック始動できたということです。
ギヤが入っていれば押しがけはできますから、ロードレースでも押しがけスタートが主流でした。
モトクロスでは、今のようなスターティングマシンは無く、エンジンを止めた状態でオフィシャルの日章旗を振る合図でキックスタートでレースしていました。
当然、右足でキックして、左足でギヤを入れてスタートするわけですから、予めギヤをいれてキックできるプライマリー車の方がスタートが優位だったわけです。
古いマシンを乗っている人を見て、「新型のマシンの方がいいよね」という人がいますが
これは古い名作映画を観たり、懐かしい歌謡曲を聴いたりするのと似ていると思うのです。
新型が性能がいいのは当たり前、いつまでも自分の青春時代のマシンを楽しんでいたいという欲求があることを非常に理解できます。
このダウンチャンバーのリバイバルは口元フランジとサイレンサーも新作で3台分同時に、しかも前金で依頼されていますので、他の仕掛かり業務も含めて8月中に急な依頼がありましてもお引き受けできませんのでご了承ください。
1980年香川県丸亀市の特設会場。瀬戸大橋もまだ出来てないころ
学生だった私は四国選手権でこのコースを走った覚えがある。
同年の全日本も日曜だけ観戦した。
当時はA級のレースは土曜日125クラス40分+2周2ヒート、日曜日250クラス40分プラス2周2ヒート。日本のMX史上最強のレース内容だったのではないか。
日曜の朝、会場に着いたら海岸のパドックにゼッケン#3福本車のRC125が優勝したということで展示されていたのを鮮明に覚えている。
23歳の東福寺さんが#7でヤマハファクトリーなんて今モトクロス観にきている人はどれだけ知っているんだろうか?
丸亀製麺で懐かしい貴重な記事を見つけたので勝手に拝借です。